悪のうねり Las marejadas del mal de Carlos Fuentes

スペインの新聞の記事から
puentefuente 20052
津波・自然が語ること

先年末のインド洋大津波惨事を伝えるニュースで【TSUNAMI】 と言う日本語が国際語であることを知りました。今回は、ラテン・アメリカ文学界の巨匠カルロス・フエンテス氏と、アメリカの経済学者ジョセフ・スティグリッツ氏が書いた津波の惨事について考察した文の翻訳です。 
悪のうねり
LAS MAREJADAS DEL MAL
カルロス・フエンテス
「一 度でいいから、たった一度だけでいいから、大自然になるつもりになってくれ。」悲観主義の王者ショーペンハウアーは嘆願した。美麗な、叙情的の、無限なる 歓喜の源であり、僕達人間が感謝を捧げる大自然は、時に人間に打撃を与えそして告げる。「君達の思うとおりかもしれないね。でも巨大な悪の根源ともなりえ るのだ。」
     自然について考えてみよう。自然は我われのことを考えてはくれない。自然が人間に災いをもたらした時に、我われ人間が自然に与えた害を考えてもみな さいと強制する。例えそれが一瞬でもそうあって欲しいものだ。酸性雨もオゾン層の破壊も地球の温暖化も全て僕達人間のせいなんだ。地球の砂漠化は人間が為 出かしたことだ。かつて過去には灌漑地だったり、降水の貯水の役目を果たしていた多くの地域は、今日では不毛の土地となりかけている。砂漠化が進めばなお さらに貧困をもたらし環境難民も増加する。もしも環境破壊による人類滅亡の時が来たなら、それは我われ人間の罪で、自然のせいではないのだ。
    「宇宙は永遠を求める」とボルヘスは書いた。「空では創造と維持は同じ意味を成す。大地においてはこの二つの言葉は背離してしまう。」と付け加えた。人間が与える自然への痛手は、日常生活のあらゆる面に跳ね返ってくる。貧困について述べれば、人類の総計3分の1にあたいする約20億人の人々が一日1ドルまたは1ドル以下で生活している。この貧困を断つためには年間400億ドルの費用が必要といわれ、さらに健康維持、教育、飲料水、家族計画に不足している人々に与えるための年間800億ドルが加算され、この合計は全世界歳入総計の1%だ。地球的規模で考える最大目的のために、最低限である一部を割り当てることは出来ないものだろうか。
    自然のせいではなく人間が作り上げた不公平・不条理な社会においても、人間にとって最低限必要なものと軍事費用との間のアンバランスほどに唖然とする事はあまりない。世界の国々は年間8,000億ドルを兵器買収に費やす。このうちのたった1%を削れば、第三世界あるいは発展途上国と呼ばれている国々の子供達に教育を与えることが出来るだろう。全人類の6分の1の人々は文盲という暗闇の中で生活している。南半球には地球全体の学童の60%が占めているが、教育予算は世界全体の12%にしか到達しない。軍事戦闘機一機の値段は、8,000万冊の教科書に相当するのだ。
    来る年も来る年も続くアフリカのサハラ砂漠以南の悲惨な飢餓状態は、1980年から現在までに約70%に上昇した貧困指数なのである。モーリタニアからスーダン、ソマリアからモザンビークの地域においての飢餓の原因は購買力不足だ。昨年のダルフールの流血*貧困が伴う民主主義は繁栄が望めない、ということを確信させるのだ。(*ダルフール民族浄化虐殺。アフリカのスーダン・ダルフールで起こったアラブ系民族民兵による黒人迫害虐殺。)
    経済記者のホアキン・エステファニーアが的確に呼んだ【循環グロバリゼーション】の問題を国際援助によって対処できるのであろうか。貧困、不平等,環境保護,移 民の大量流出、無知といった問題が我々の前に掲げられれている。問題を指摘するより解決することが遙かに困難ではあるが解決策もあるのだ。ビル・クリント ンは筋の通った説得ある呼びかけをした。「世界が一丸となって世界的規模の問題を解決しなければならない緊急を要する状況になっている。責任、収益、価値 を分かち合える全世界共同体を作ろう」と前アメリカ大統領は提案文を書いた。それぞれの国内対策以外に、もしも国際管理下におく必要性がある問題ならば国 際援助協力に頼るべきである、と言った。「全世界的共同体を作るには、まず最初に国連を完全なる世界機構にしなければならない。」とクリントンは付け加え た。1945年のサンフランシスコ憲章制定会議時の承認50カ国に対し、現在では200カ国以上の国々で形成される国連は、以前には想像もつかなかった問題に立ちはばかれている。
     それぞれの国家は明白なる責務があっても、援助協力を差し伸べる機構が存在しない限りは全世界的協力もありえないことは明らかだ。テロリズム、戦 争、侵略、反乱、不平等と貧困の脅威といった世界で起こっている威嚇だけでなく、世界で取り入れられた発展のための社会体制によって【世界闘争の歴史の終 焉】と言う見せ掛けの理論は否定された。もし資本主義体制が[不幸中の幸い]と いった具合に世界中に広まったからといって、政治が伴わない資本主義がありえないことを忘れてはならないのである。それは民主主義であるかもしれないが、 でもさらに権威主義となりえるからである。どうしてこんなことを言うかといえば、ワシントン政府の承認によって提起された外国投資、最小限国家、しずくほ どの経済力、民主制政治・資本主義体制は、南米諸国において経済崩壊を起こしているからだ。中国ではこれに対し権威制資本主義で成功している。民主制政治 なしに中国では1980年から現在までに権威的体制で80%の貧困を減少させ、124%まで食糧生産高を上昇させたのだ。
    それに対して、人口2億のラテン・アメリカ諸国民の収入は年間200ド ル以下である。それでも地球上の貧困地帯の中では最も高い収入だ、そして歳入の社会割り当ての不平等が最も激しい地域でもある。権威主義が順調なる発展を もたらすと考えて権威主義の誘惑に負けてしまうのだろうか。あるいは、疑い深い望みをさらに飛び越し効率の良い権威的資本主義の中国式体制を用いるのだろ うか。
    この件については何度も繰り返し考えなければならないだろう。独立から200年経った後の執拗なる極貧、約束された合法的な国家とそれを拒絶する実存する国家の狭間で繰り返し起こる失敗は、僕達ラテン・アメリカ人にとっての惨事なのである。
     アジアの海底地震は全世界の人々に地形のもろさや人間の過ちを再確認させるのである。イラクに対してけしかけた不法な、国際社会に承認されない、不 必要な、先の見通しもなければ解決の方法もないこのブッシュの戦争はとてつもない大間違いで、ここで何度も繰り返した健康維持、教育、環境保護という世界 が緊急に必要なものを得ようという気力を失くすだけであった。この戦争アドベンチャーのおろかさは、歴史上の戦争物質経費が高くなっただけだったが、その 代償となった問題点にいくつか触れてみる。果たして僕達は津波の被害を被るに値するのだろうか。果たして聖書に記述される平坦な多くの町々は、硫黄と砲火 で破壊されるに値するほど罪深かかったのだろうか。
    僕達人間は、全宇宙の楽園に到着したばかりの新米であるといった。[この楽園はあなたたちのものなのだから、大切にしてください。そしてあなた方の子供達が破壊しないように努めなければなりません。]マルカム・ラウリーの小説『活火山の下』(加納秀夫訳 白水社のなかで何度もこのように警告をしていた。この言葉とともに今日僕達は、ワーグナーが辛らつなる謝意を込めてショウペンハウアーに言った言葉も思い出さなければならない。「君が腹の奥に隠し持っている世の中は悪だという確信を終に言ってしまいなさい。」
    もしそれが良いことでないのなら、僕達には聞こえない方がいいのかもしれない。
2005119日。日刊エル・パイス 意見の欄より。翻訳・小田照美

カルロス・フエンテス作品和訳出版
★『フエンテス短篇集 アウラ・純な魂 他四篇』  岩波文庫 木村 栄一翻訳 文庫 1995 岩波書店。★.『脱皮』 ラテンアメリカの文学第14巻内田 吉彦訳★ 『老いぼれグリンゴ』 集英社文庫★『遠い家族』ラテンアメリカ文学選集 現代企画室。★『私が愛したグリンゴ』 安藤 哲行訳 集英社★『埋められた鏡―スペイン系アメリカの文化と歴史』 中央公論社★ 『アルテミオ・クルスの死    新潮・現代世界の文学  木村 栄一訳★『メヒコの時間―革命と新大陸』 新泉社★ 『セルバンテスまたは読みの批判』 叢書 アンデスの風 牛島 信明訳 水声社★ 『聖域』   木村栄一訳 国書刊行会    

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